0530
メカデザイナーの片貝文洋さんの発言にハッとしたので勢いでつらつらと書きます。

児ポ法といい生活保護の制限といい、驚くべき法案が続々と出てくるのは、他人の自由を憎む有権者の後ろ盾があるからだ。お互いの自由を縛り合って暮らす社会は地獄に違いない。彼等に自由を憎む必要は無いと知らせるにはどうすれば良い?
 


私は二回ほど電車内で絡まれてる女性助けた事あるんですが、他の誰も動かなかったのと、
仮に戦う事になったとしても自由業だから割と平気っていう気軽さがあったんですよね。
最初はみんな冷たいなあ、と考えたんですが、もし自分が会社員だったらと思うと、なかなか動けないですよね。
家庭持ちなら尚更、守るものがある訳ですしね。
助けたくても、こっちが「被害者」にならない限り警察も動いてくれない、という状況はあるでしょうし。
痴漢冤罪で人生駄目になる世の中ですし。

といいますか、警察沙汰になった段階で会社員だったりしたら社会的生命が危うくなったりする訳ですよ。

タバコを公園で吸い散らかしてる中高生達を注意した事もありますけど、これも会社員だったら面倒でやらないですよ。
狡いのを承知で書きますが勝てるであろう相手と人数の範囲内で注意しません。 自分の利き腕折りそうな輩はスルーです。
そうした時に思う訳ですよ「誰かコイツ等を絶対悪にしてくれ」って。そうしたら合法的に抹殺できる訳ですよ社会から。
善良な社会人である自分の視界から消えてくれると思って。 誰だってこう考えた事はあると思うんです。
そして「警察は何をやってるんだ」と。

そして「まずは法で禁止すれば何とかなる」と思ってきたのではないでしょうか。 何に対しても。

私たちは今まで「権利を確立させる」「やっていい事を広げる」という事に無自覚というより知らずにきて、
「自分の権利を守る」=「他者を公権力で制限する」という思考しか出来なかったのではないかと。

その原因は極論なんですが「世界的に類を見ない割と平和な江戸時代260年間」という、
殆どの人間にとっては政治への当事者意識を持たずに過ごせた期間だったのではないかと思う訳です。代表例:忠臣蔵(※)
一方、政治と切り離された事で文化が醸成して、浮世絵をはじめ今に通じるものが生まれた、と考えると皮肉な話です。

その結果、凝り性が極まって「日本人ここまでやるのかよクレイジーだな!参ったぜ!」と云われ、
楽しげな文化として認知されてきて、私も漫画を通じて海外に友人を持てました。
漫画・ゲーム・アニメ等、日本の作品を知りたくて日本語を勉強している人がいる。
そういう人達が増えれば、もし何かあって日本を離れて生きる事になったとき、外国語が離せなくとも、
日本語文化圏、あるいは日本に対して好意を持ってくれる人が少しでも居てくれれば、
色々とリスタート出来る可能性は高まるんじゃないでしょうか。 このへんは絵描きの気楽さで言ってますが。

今後も日本の文化が魅力的であるためには、ならば取るべき方向性は
『実害のない所で好き勝手にやらせる』が一番のような気がします。

しかし作家業としては、あなたの嫌いな表現の作品が目に入ってしまうことに対して「我慢して下さい」としか言えません。
私も嫌いな表現はあります。むしろ多いです。近親憎悪の域に入っているものもあったりします。

ですが。

もしあなたの友人が、家族が、好きな人が、あなたの嫌いな作品を好きだと言ったとき。
あまりにもささやかに過ぎるとは思いますが、
その作品はあなたの寛容さが作ったという誇りを差し上げる事ができます。

どうかこれからも宜しくお願いいたします。


巫女BASARA漫画家 颯田直斗 拝

 

 

(※)江戸時代についての話だと、 「忠臣蔵」については「主君がああなって敵討ちもしないのは武士としてどうなの」、
と武士階級以外から思われたらたまったもんじゃないから赤穂浪士はああするしか無かった、という最近の見方もあるようです。
風俗でいえば「時代劇で云われるほど町人・農民は虐げられてなくて、禁止令が何度も出ているのはむしろ
『連中、何度禁止って言っても辞めやしねえ』という事だそうで。 結構ヤンキー入ってる感じですね。
宣教師が家建てるときに日本の職人のルーズさに辟易したという手紙もあるようですし。
そんな人達からすれば面子で生きてる侍を揶揄するのは自分に責任がない分、 痛快な娯楽だったんじゃないかと思うようになりました。
そう考えると「他に転職もできない人達が世間からの圧力でああするしか無かった」てなイジメにも見えてしまったりします。